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大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)1366号 判決

原告

播磨建設工業株式会社

右代表者

竹本吉一

右訴訟代理人

滝井繁男

外二名

被告

但馬レジヤー開発株式会社

右代表者

杉本焞基

右訴訟代理人

梅垣栄蔵

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

当裁判所が昭和四九年(手ワ)第一二二号約束手形金請求事件について同年三月二二日言渡した手形判決を取消す。

事実《省略》

理由

一請求原因事実は当事者間に争いがない。

二抗弁について検討する。

(一)  〈証拠〉を綜合すると、被告は、昭和四〇年二月二五日、観光事業の総合的開発とその経営等を目的として設立された会社で、兵庫県美方郡温泉町においてゴルフ場を建設し、これを経営することを当面の事業としていたところ、四七年六月会社役員の交替をめぐつて内紛が生じ、代表取締役ならびに取締役の職務執行停止の仮処分、職務代行者の選任といつた事態に至つたこと。被告は、右内紛当初から事業活動を全く停止した状態にあつたうえ、帳簿上はともかく現実には資産は皆無であり、職務代行者就任後の重要事項はスポンサーを求めることであつたこと。前記仮処分申請者は被告の過半の株式を有していた芝田英夫で、長が内紛の他方当事者であつたが、その後芝田が身を引くことになり、長は、芝田、中西文一らから被告の株式の八〇パーセント(二〇パーセントは温泉町その他が所有している)を、八五〇万円で買受け、四七年一一月末ころ、竹本に対し、これを売渡したが、翌四八年一月初買戻し、さらに同年三月杉本に対し右株式に加えて長が将来取得予定のゴルフ場用地の権利その他被告に対して有する一切の権利を一億五、〇〇〇万円で売渡し、その際手付金として五、〇〇〇万円の支払いを受けたこと、職務代行者らは四七年末から、被告のスポンサー捜しに奔走し、長も竹本に対し個人的にスポンサー捜しを依頼し、竹本は長に対し兼松江商他一社を紹介したが、結局長が自ら捜して職務代行者に紹介した杉本が被告のスポンサーになることになり、長から同人の被告に対する前記権利を買取つたものであること。前記仮処分申請は、四八年七月取下げられ、同時に新役員が選任され、杉本および長が、代表取締役に就任して被告の再建に向つたが、県からゴルフ場開発の許可が得られず、事業活動は現在も停止状態であること。長は未だ杉本から前記残代金の支払いを全く受けていないことや当初から被告の計画に参画していた者としてその用地買収の便宜のために、代表取締役に就任したが、その後も内紛のしこりが残りまた県から暗に役員不適を指摘されたこと等から四八年一二月末代表取締役を辞任したこと。以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(二)  〈証拠〉によると、長は、被告の代表取締役であつた四八年七月三〇日と同年八月三〇日の二回にわたり、代表取締役に就任直前、職務代行者から返還を受けていた被告の手形用紙、代表者印を使用して本件手形を作成し、そのころこれを竹本に交付したこと。竹本は長の息子一夫を介して長に対し、原告が抗弁に対する答弁(三)で主張する原告振出の約束手形一一通を交付し、うち一通は後日現金と引換えて残一〇通を期日に決済していること等の事実を認めることができるのであるが、更に〈証拠〉によると、本件手形八通四、〇〇〇万円のうち、原告振出の手形分一、八〇〇万円に対応する部分は、長個人が被告の代表取締役に就任後、杉本との間の前記権利の売買契約によつて個人に譲渡しなければならないゴルフ場用地の権利の獲得その他のためかなりの費用を要するところから、原告振出の右融通手形の振出を受けた際その見返りとして振出されたものであり、右一、八〇〇万円を超える二、二〇〇万円に対応する部分は、長個人の竹本個人に対するスポンサー捜しの謝礼を含め被告の内紛当時から竹本が長を応援してきたことに対する謝礼として振出されたもので、いずれも長において同人個人の原告あるいは竹本個人に対して負担していた債務の支払のために被告代表者としての権限を濫用して振出した事実を認めることができる。

原告は、本件手形のうち一、八〇〇万円部分は、原告の被告に対する融通手形一一通(うち一通は現金に換えた)の見返り手形であり、二、二〇〇万円部分は被告の原告に対するスポンサー捜しに対する謝礼のために振出されたものであると主張し、これに沿う原告本人尋問の結果(一、二回)およびこれに沿うかの如き証人長春治の証言部分があるが、右は前記採用の各資料に照らしたやすく信用できない。特に、前記(一)で認定の事実からすると被告は当時その営業活動を停止しており他から営業資金を調達する必要など存在していなかつたこと、および被告のスポンサー捜しの謝礼をその依頼をした長において支払うのならば格別、被告自身が支払うことは論理的にあり得ないこと等からしても、とうてい信用することができない。なお前記甲九号証の一ないし四によると、原告振出の融通手形については「被告代表取締役長春治代理長一夫」名義で預り証が作成されている事実を認めることができるのであつて、右事実からすると、右手形の受取人は被告でありしたがつてその見返り手形を含む本件手形も被告によつて振出されたものと推認する余地があるかのようであるが、右記載だけではその受取人が被告か長個人か必ずしも明らかであるものとは認められないので、これを以て前記原告主張事実に沿う資料とみることはできない。また、証人勝永正光の証言により成立の認められる乙一号証には、本件手形が被告の原告に対する融通手形であるとしてもとにかく被告自身の必要によつて振出された旨の記載があるが、同証言および証人長春治の証言によると、これは、長が被告従業員の追及にあい、真実の振出原因を秘匿しながらも、ともかく、原告の所持する本件手形について被告には支払義務のないものであることを認めたために作成されたものであり、被告としては、融通手形と表現する他はなかつた事実を認めることができるのであつて、右事実からすると同号証の存在は前記認定を左右するものではない。そして他に右認定に反する資料はない。

(三)  〈証拠〉によると、原告の代表取締役竹本は長と旧知の間柄にあつただけでなく被告の内紛時から長を援助し、被告のスポンサー捜しにも関与し自己の捜したスポンサーが採用にならなかつたということもあつて被告の内情に通じ、本件手形が振出された当時被告がその営業活動を停止し手形振出の原因もその必要もなかつたことを知つていたものであり、また長個人の債務について既に経営の実権が同人から杉本に移つている被告がその保証をしたり、代払いをすることなどありえず、したがつて長が被告の代表者として本件手形を振出したとすれば、それは長が被告の代表者としての権限を濫用したことにほかならないことを知つていたものと認めることができる。

原告は、原告は被告に融通手形を貸与していたのでその返済と、被告から謝金の贈与を受けるために本件手形の振出交付を受けたものであつて、これが長個人の債務支払のために同人が被告代表者としての権限を濫用して振出されたことなど知る由もなかつた旨主張し、原告代表者本人尋問の結果(一、二回)中には右事実に沿う部分があるが、右は前記採用の各資料に照らしたやすく信用できず、他に右認定に反する資料はない。

(四)  以上認定の事実からすると、本件手形は被告の代表者長がその代表権限を濫用して振出したものであるだけでなく、原告は右事情を知つてこれを受取つたものということができるのであるから、原告が被告に対して右手形金を請求することは信義則上許されないものというべきであり、したがつて被告は原告に対して本件手形金の支払義務を負わない。よつて被告の抗弁(二)は理由がある。

三してみると、その余の抗弁について判断するまでもなく、原告の請求は既に理由がないからこれを棄却すべく、民事訴訟法四五七条二項、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(高田政彦 山崎健二 清水正美)

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